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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)496号 判決 1967年1月27日

控訴人 株式会社国民相互銀行

右代表者代表取締役 松田文蔵

右訴訟代理人弁護士 花岡隆治

斎藤兼也

田宮甫

向山義人

鈴木光春

鈴木孟秋

被控訴人 株式会社 佐川商店

右代表者代表取締役 佐川清

右訴訟代理人弁護士 加藤真

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は左記事実を追加する外は原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

控訴代理人は、

(一)  訴外小橋照夫は昭和三十九年十月二十九日控訴会社の常盤台支店長を解職され(もっとも支店長の就任、退任については何らの登記も経由されていない。)同月三十一日懲戒解雇されたもので、本件為替手形の引受がなされた同年十月三十日には支店長ではなかったので原審で本件手形の引受が控訴会社の常盤台支店長小橋照夫によってなされたことを認めたのは事実に反し且つ代理人の錯誤によるものであるから右自白は取消す本件手形の引受は小橋が同人個人のために支店長名義でなしたもので控訴会社の常盤台支店の業務とは何ら関係のなかったものであり、右引受は控訴会社の事業の執行についてなされたものではないから控訴会社が民法第七百十五条により使用者として責任を負ういわれはない。為替手形の引受は相互銀行業務を行う控訴会社にとって主観的にも客観的にも業務上必要のないことで業務上手形の引受が行われる余地のないものである。

(二)  次に被控訴人は本件手形の引受が権限のない小橋によってなされたことを知りながら本件手形を取得したものであるから右手形引受無効による損害は他に賠償の責を負担させるに由なく、控訴人に対しても不法行為による損害賠償を請求する権利はない。

(三)  仮りに小橋に引受の権限のないことを知らなかったとしても控訴会社の所在地外で行われた一千万円という多額の手形取引について被控訴人が控訴会社の本支店のいずれにも小橋の引受権限の有無について何らの照会、調査をなさなかったことは重大な過失というべく、損害額について過失相殺がなさるべきものであると述べ、

被控訴代理人において被控訴人が小橋に引受の権限のないことを知りながら本件手形を取得した事実は否認する。控訴人主張の小橋の解任の日時は否認する、仮りに小橋が十月二十九日に支店長を解任されたとしても大機産商株式会社はその事実を知らず又知る由なかったもので小橋の本件手形の引受は控訴会社の常盤台支店長の職務の範囲内の行為であり且つ控訴会社の事業の執行についてなしたものと解すべきである。被控訴人は控訴会社の引受のなされた本件手形を取得したがために訴外会社に対して同会社振出の一千万円の約束手形の割引金として原審以来主張のとおりの手形を同会社に交付し原審以来主張のとおり合計九百万円を支出したのに対し右会社振出の約束手形は不渡となり他に資産もなかったもので被控訴人は右引受によって前記九百万円の損害を蒙ったものというべきである。と述べ、新たな証拠≪省略≫

理由

訴外小橋照夫が控訴人の常盤台支店長名義で被控訴人主張のとおりの為替手形に引受をなしたことは当事者間に争いない。

控訴人は右小橋は引受当時支店長を解職されており、且つ同支店長には引受をなす権限がなかったと主張するところ右小橋が当時支店長を解職されていたかどうかの点は別として右小橋に引受の権限のなかったことについての当裁判所の判断は、原判決の理由中に説示するところと同一であるからその記載(原判決の理由の二)を引用する。

被控訴人は小橋の引受行為は控訴人の被用者である小橋の事業の執行についてなした不法行為であると主張するのでその点について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると訴外大機産商株式会社は昭和三十九年八月頃訴外鳥海仙告を通じて被控訴人に一千万円の融資方を折衝していたところ銀行保証の手形を差入れるならば融資に応じようとの話合になったので当時控訴人の常盤台支店長をしており右訴外会社に個人的にも資金面の援助をしていた訴外小橋照夫に依頼し、右小橋は支店長には手形保証ないし手形引受の権限が与えられていないのにかかわらず、前記鳥海を通じての訴外会社の右依頼を承諾し、被控訴人主張の右訴外会社振出の一千万円の為替手形(甲第一号証)に控訴人の常盤台支店長名義で引受をなし右訴外会社は同年十月三十日同会社振出の約束手形四通合計一千万円(甲第二号証の一ないし四)の外に右手形を担保として被控訴人に差入れて被控訴人主張のとおり割引金として被控訴人振出の金額二百万円の小切手一通及び合計金額七百万円の約束手形六通(甲第三号証の一ないし六)を受領したこと、右訴外会社の関係者及び鳥海は小橋に支店長として手形引受の権限のないことは十分承知していたもので右の者等が協議の上被控訴人から一千万円の融資(但し百万円は融資の謝礼として差引く旨の了解があった)を受ける手段として小橋をして本件手形に被控訴人の常盤台支店長名義の引受をなさしめたもので、小橋は自ら被控訴人方に赴き右融資についての口添をなしたばかりではなく、被控訴人に前記訴外会社振出の一千万円の約束手形の外に本件為替手形を担保として差入れるものであるため万一をおもんばかり引受欄に本件手形第三者質入を禁ずる旨の記載をなしたところ、被控訴会社の経理係の吉田某から右手形を裏書譲渡の形式で受取ることになったため被控訴会社は手形上第三者に該当するから困る旨を述べられたのに対し、小橋は被控訴会社は本件手形に関する取引の実質上の当事者であるから右第三者には該当しない旨を答えて安心させ、右手形を受取人訴外会社から裏書譲渡の形式で被控訴人に交付したものであることを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定事実から判断すると小橋が控訴人主張のように本件手形の交付の前日である昭和三十九年十月二十九日支店長を解職されていたとしても控訴人の被用者であったことには変りはなく右解職まで支店長であったものであり、右小橋のなした被控訴人の常盤台支店長名義の本件手形の引受行為はそれが小橋が個人として而も第三者の利益のためになしたものであり且つ前認定のように常盤台支店長に引受の権限はなかったものであったとしても、控訴会社は銀行である以上外部より見て支店長が手形の引受をなすことはあり得ると考えるのが相当であるから右小橋の引受行為は控訴人の事業の執行についてなされた不法行為であると解するのが相当であり、控訴人は使用者として右小橋の不法行為によって被控訴人に生じた損害を賠償する責任を負うべきものである。

よって被控訴人に生じた損害について判断する。

被控訴人が本件手形を担保として前記訴外会社に合計金九百万円の小切手及び約束手形を交付したことは前認定のとおりであるところ本件手形の支払のなかったことは当事者間に争いなく、被控訴人が受取った訴外会社振出の合計金一千万円の約束手形も呈示されたが取引停止の処分の理由で支払がなされなかったことは符箋の部分について成立に争いのない甲第二号証の一ないし四で明らかである。それに対して被控訴人は訴外会社に交付した小切手及び約束手形について被控訴人主張のとおり決裁又は買戻して合計金九百万円の支出をなしたことが≪証拠省略≫によって認められる。

以上の判示により被控訴人の前認定の支出は小橋の不法行為により受けた損害というべきである。

控訴人は被控訴人にも過失があるから過失相殺をなすべき旨主張するが本件手形の引受のなされた経緯は前認定のとおりであり≪証拠省略≫によると被控訴会社代表者佐川清は小橋が控訴人の常盤台支店長であり、しかも支店長を仮に解職されていたとしても、その事実及び右支店長に為替手形引受の権限のないことは知らず、同人自身が支店長の名の下に前認定のように自ら融資に口添えし且つ禁止文言についても不利益のない旨を確信したのでそれを信じて本件手形の引受が正当なものであり且つ裏書譲渡によっても手形上の権利が確保されるものと信じて訴外会社に融資したものであることを認めることができるので、前認定の事情にある本件では被控訴人が控訴人の本店又は常盤台支店に小橋支店長の権限又は資格の有無について照会又は調査をしなかったことを以て取引上、一般的に要請される注意を怠ったものとはいいがたく、他に被控訴人に過失のあった事実は本件全証拠によっても認めるに十分でないから控訴人の右主張は理由がない。

以上の判示によると控訴人は被控訴人に対し金九百万円及び内金二百万円に対する昭和三十九年十一月一日以降、内金七百万円に対する昭和四十年二月十六日以降完済まで民事法定利率である年五分の遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の右請求を認容した原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条第一項により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担について同法第九十五条第八十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 石田哲一 安国種彦)

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